「 昭和を生き抜いた倉 」 横浜 赤煉瓦倉庫

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2010/3/12 横浜 赤煉瓦倉庫
CANON IXY digital20IS


赤レンガ倉庫(新港埠頭保税倉庫)は、明治時代の終わりから、大正時代の初めにかけて建設された

日本初のエレベーターや避雷針、消火栓を備え
関東大震災でも、被害は1号倉庫の約30%損壊にとどまった

第二次大戦終戦後の1945年(昭和20年)に、連合国軍に接収された時期もある

接収解除後は、貿易の急増によって入港船舶トン数、取扱貨物量など、すべての数値が戦前の記録を更新したが、貨物のコンテナ化が進展して他の埠頭に主役が移り、廃棄寸前になった

1986年(昭和61年)から翌年にかけて放送されたテレビドラマ「あぶない刑事」のエンディングで、赤レンガ倉庫がロケ地とされたことにより、一時的に注目を浴びる

1989年(平成元年)には、倉庫としての役割も終え、その後しばらく放置された。

横浜みなとみらい21の整備に伴い
2002年(平成14年)4月12日、赤レンガ倉庫を中心とした付近一帯は、展示スペース、ホール、広場、店舗からなる商業施設「赤レンガパーク」として修復、改装され新しくオープンした

赤レンガパークは、2006年(平成18年)1月に通算来場者が2000万人を超えるなど、横浜の人気観光地となっている。また、「僕の生きる道」や「喰いタン」など、いくつかのテレビドラマで撮影に使われたロケ地ともなった。2007年には経済産業省により近代化産業遺産として認定された






時代が駆け抜けた
赤い建物

何回目の花曇
何回目の早春

海風と
時代の風に
さらされ続けた
赤いレンガは

修復を終え
いくつ
建設当時の現物が
残っているのだろうか

にぎやかで
華やかな観光施設になった表の顔の
裏でみれる
昭和の影

いいな
ここ

苦しみぬいて
生き抜いたものの持つ
大きな安堵

パワー
もらった
ありがと






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by mark_blues | 2010-03-13 00:08 |